1. 診断で、よい方向に。
片岡さんが診断を受けた時期って、いつ頃でした?
正式な診断を受けた時期は、2005年です。パソコン講師の仕事の初日でパニック障害を起こし、家で寝込んでいるという最悪な状態の中でした。同時期にフリーライターさんのアシスタントとして記事を書く練習も始めていましたが、どちらもまともにできない中で病気になってしまったので、大変つらい思いをしました。
その病院は予約が最大10年待ちの病院だったのですが、先生が休日も働いて初診の方を受け付けるというご尽力をされてそうで順番が早まり、九死に一生を得たのでした。
成人になってからの診断だったんですね。診断されて、どう感じましたか?
ああ、これで困難さが緩和されるんだな、と大変うれしく思いました。
ハンディがあると診断されるのは普通はうれしくないそうなのですが、診断をされることで今後がよい方に変わると希望を持っていたので、私の場合は大変うれしかったです。薬を飲むとハンディが部分的にですが改善されるらしいというのもうれしかったです。今まで何をしても失敗ばかりで死にたいまで思っていたので、改善の見込みが出たことは大変うれしかったです。
発達障害と診断されながら、教える側に立つということにどう思いましたか?
教える仕事は自分には向いていないのでぜったいにやりたくないと子供の時から思っていました。教職の方は説明のうまさのほかにいじめが起こった時の対応もしないといけないし、先生がよい方でもモンスターペアレントに遭遇したら大変そうだし、生徒に好かれること自体が私は難しいと思っていました。
生まれつき鼻にかかった聞きにくい声なのもあり、人前で話したり教えたりする仕事は絶対にやりたくないと思っていました。
パソコン講師の仕事も短期のアルバイトということでアシスタントを引き受けたのですが、初日にダウンしてしまい、仕事をくださった方々に大変申し訳ない思いをしました。

教え子に教えているところ
ただ、発達障害の診断をしてくださった先生が感覚過敏を抑える薬を飲んでみてはとおっしゃって下さり、それを飲み始めたところ、人前で話をしたりするのも平気になってきました。今までは人が多いところにいるだけで気持ち悪くなったり、頭痛がしたりしたのに、そのようなストレスがかなり減ったのでした。
人前で話すことが肉体的な苦痛ではなくなったら、アシスタントとして教え子にパソコンを教えるのが楽しくなってきました。私は文学部出身なのでパソコンには詳しくないですが、ライティングよりも人と話すパソコン講師の方が評価が高いことに気がつきました。おそらく私がパソコンとは畑違いの分野からITの世界に入ったので、初心者の方には私の文系の説明の仕方がわかりやすかったようです。
私は人と話すことは緊張してしまうので苦手なのですが、「先生に習えてよかった」と色紙をいただいたり、褒められたりするとうれしくなってしまうので、楽しく教える仕事をしています。
また、メイン講師として普通にできるようになるまでには3年もかかりました。ふつうは3カ月から6カ月くらいでメイン講師をはじめて、場数をこなすことでなれていくものなのですが、私は人前で話すことに自信がないのでストレスで体を壊してしまい、なかなかなれませんでした。なぜ3年後にメイン講師が普通にできるようになったのかというと、よいメンターに出会ったからなのですが、それはまたあとでお答えしたいと思います。







